たまろぐ 下総国と豊島郡衙(9/21) 忍者ブログ

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テツ的あれこれ妄想牧場。(※路線≒会社の擬人化前提注意です) 最近は管理人の備忘録と化してます。
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今日は久しぶりに錦糸町にいったので、そのまま下総国府みにいこう!
とやって来ました。市川駅

地図とかもらえるかな、と覗いた観光案内所でなんと京成展のポスターを発見!!!
ちょうど、下総国分寺への途中にあるギャラリーでやってるらしいので、
急遽いってみることに。



途中にあった踏切からみた京成真間駅。
ここの北側に京成の本多さんの屋敷があったらしい。
駅には碑もあったらしいので、見ていけばよかった~

真間というのは、万葉集にも謳われている、古い地名だそうですね。

 

ついた~。
8月末からやってるわりには人多いと思ったら、今日は京成パンダとちーば君がくるらしい。
そのせいか、家族づれやお子様多かった。

京成のビデオ流してるうしろでプラレールコーナー設置したのは失敗だと思う・・・。
音がうるさくて、全然音声きこえなかった。

てっきり100周年の企画展かと思ったら、押上の本社引っ越すから記念だったらしい。

原敬の許可のついた特許が展示されてました!
利光鶴松さんの名前も井上敬次郎さんの名前も森久保作蔵さんの名前もあった!
もちろん本多貞次郎さんの名前もね。
でも筆頭は飯村丈三郎さんだったね。

路線案内図も見ました!
京成が開業した頃の国府台は鴻之台になってましたね。
江戸川が渡れなかったので、とりあえず東京側の川の手前で市川駅を開業。
その後、市川駅は江戸川になり、川を渡ったところが市川国府台駅になって、
その後、さらに市川の名前は次の駅の市川真間駅に移ったんですね。

国府台はこのあと行こうと思っている下総国府があったとされる場所です。
その前に国分寺を見ますけど。

京成は、意外と成田まで全通するのに時間がかかってるんですねぇ。
未成年時代が長いということか・・・ふう萌える・・・。

それにしても成田空港騒動は予想以上だった。
昭和50年代にもなって電車焼き打ちとか、ぱねえっ。6両も被害にあったらしい。
開港の遅れがもろに経営に響いてるし京成がものすごく可哀相な目に。
戦後30年振りに無配に転落とか、デベロッパー失敗しただけじゃなさそうだ。
今は羽田が国際線増設をしはじめてるからなぁ、京成の不幸運勢はまだまだ続きそうだ。

井上洋介さんの絵本絵コーナーがまた強烈だった。
京成パンダに通じる強烈さがあるというか、だから京成パンダがマスコットになったんだな
と妙に納得もしました。

京成パンダの相関図と設定の細かさもやばかった。
誰が考えるんだろうね。趣味は京成ストアを制覇すること!支払は京成カードで!

結局パンダにもちーば君にも会わなかったけど、面白かったです。

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ギャラリーを出て、須和田公園の遺跡で峠を越え、坂を降りるとまた崖がありました。
この~みち~はいつか見たみち~? 相模国分寺と風景が一緒だよ・・・!

   

ついた。
この総門は当時の再現かな?

   

昭和41年の発掘でここの国分寺は百済風の法隆寺伽藍様だとわかったらしい。
他はだいたい東大寺(国分寺の総本山)にならった伽藍配置なので、これはちょっと珍しい。
瓦も発見され朝鮮新羅系の忍文様であったことから朝鮮系帰化人が参画していたかもと。

武蔵国では入間を分割しておそらく職人としても雇っていたであろう
新羅や高句麗系の人を集めた新座郡や高麗郡を新設してるし、
白村江の戦いのあとでは滅亡した百済の民を大量に亡命させたりもしてたから
そういう人達の入植も影響してるんだろう。

それにしても、下総国分寺周辺の説明碑は文字がみっっっっちりていて読むのが大変です。



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近くに国分尼寺跡もあるらしいのでいってみます。
これは途中にあった庚申様。
猿が閻魔様?に告げ口しているところかな。

一見なんでもない農道のようなこの辺の道も、
古代の道の残りかもしれないなぁ。

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ついた~
ここはちゃんと国分寺址っぽい保存のされ方してますね。



しかし、その敷地内に一軒の家がちゃっかり建ってて、いいのかこれ・・・。

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下総国府跡と思われる国府台公園へは、また谷へ降りて、坂を上らねばなりません。
江戸川へ注ぐわき水かなにかの浸食で渓谷がたくさんできたのかな?
しょうじき、そろそろしんどいです・・・・。

 

ついた!!のですが、国府台公園はすっかりスポーツ施設で埋め尽くされてて、
面影も痕跡もまったくありません・・・。
あとは千葉商科大学や女子大の敷地になっているようです。

ただ、景色はいい。さすがの立地です。

 

若干の肩すかしをくらいながら、京成の国府台駅へ向かいます。
掘り割りが見事なみち。見ると県道の一ケタナンバー、しかも1番。
松戸街道だそうです。これもなんか古そうな道だなぁ。

 

崖の終わり目、といっても坂はまだまだ下へ続いているんですが。
右は女子大の敷地の端っこです。

 

諦めかけた所で、突如左に国府神社が!!!!
いやったー!やっと国府跡っぽいものめっけたー!

 

案内板に、「鴻之台」時代の由来を書いた説明がありました。
もちろんこれは後世の後付で、「こうのだい」の由来は国府があったから。
それで今の地名もこっちの表記になってるんでしょうが
ヤマトタケルとコウノトリの伝説かぁ・・・。ロマンチックだな。

わかりやすいくらい急な階段が、神社が崖の上に建っていることを強調します。

 

ここからだと、江戸川の河川がよく見えるなぁ。
建物や電線がなければもっと、絶景だったんだろうな。

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国府台駅ついた~!
これで、予定のはんぶんくりあ~・・・orz

京成展が途中にはいっちゃったから、時間がだいぶ過ぎちゃった・・・
このあと、豊島郡衙跡をみてから、大宮の氷川神社いこうと思ってたんですけど
ちょっと無理かな・・・。夜の6時から団地役員の規約勉強会があるから、
それまでには戻らなきゃ。ぐぬぬ・・・

 

国府台駅からは江戸川がよく見えますね~
このまま日暮里へ向かいます。
江戸川だけじゃなく荒川とか中川とか、いろんな川があるから
千葉の鉄道は多摩のにくらべると大変だなぁ。

前にテレビで荒川がもし決壊したらというシミュレーションをしていて、
京成の鉄橋の辺りが、土手より数m低くて、一番ヤバイポイントだと云われてました。
でも、かんたんに直せもしないのだろうな・・・不幸ボーイ京成。

ちなみにそのシミュレーションでは、高島平駅も水に沈んでしまってました。
み、三田線ーーーんん!!!

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豊島郡衙は、豊島郡の郡役所で、武蔵国府を出て下総国府へ向かう途中の駅にあたります。
JRでなく京成本線でいくのは、ちょっと上野線に乗って見たかったっていうのと、
かつて古道が通っていた場所に駅名が一致するからです。

上の古地図は、いつものように「東京人」の古道特集から。
豊島郡衙~町屋~千住~関屋~堀切~青戸とあります。
天智天皇が号令をだして建設されたころの道はとにかくまっっすぐで巨大ですが、
後世、中央が疲弊するころの道は、整備が容易なように地形に添って
蛇行したものになっていきます。

「更級日記」がかかれた頃のような平安時代には、
当初よりもやや南よりの道になっていたようです。

『続日本紀』神護景雲2年(686年)の記事には
「武蔵国・乗潴、豊島駅、下総国・井上、浮嶋、河曲駅」のルートがのっています。
このルートは支路であり馬の配備は5匹でしたが、使用頻度が高く馬の疲弊が激しい為、
東海道や東山道のような中路並の10匹にしてほしい、との要望がでました。
本来の東海道は相模国から船で海を渡り、房総半島の先の、上総の国に入るのが正道です。
だから千葉県は、陸路で行ったら先に入るはずのほうが「下」総で、
半島の先のほうが「上」総なのだと、中学校の歴史でならったなぁ。

でも千葉県の半島から茨城県へ行くというルートが不人気で、官吏がやたらとこの
武蔵国府~下総国府の支路を使い、東山道ルートで着任するはずの国司も
東海道から武蔵路をつかって東北へ入っていくので需要に供給がおいついてなかったのですね。

この記事の3年後には、結局東山道所属だった武蔵国は東海道所属になり、
上総国行きの海路は正式な官道ではなくなり、この武蔵~下総ルートが格上げになったのです。
こちらの地図がわかりやすいかな。
(http://www.asahi-net.or.jp/~ab9t-ymh/touzando-m/T-route.html)東山道武蔵路のルート

乗潴というのは、正式な読み方が判ってないのですが、
「のりぬま」とか「あまぬま」ではないかといわれてて、
杉並区の天沼地区の沓掛が比定されています。
練馬区の練馬の由来がこの「のりぬま」ではないか、という説もあるらしいです。

この間いった、大宮八幡神社は天沼地区よりだいぶ南にあるのですが、
源頼義・義家の奥州平定時代には、もう南ルートに変遷していたのかもしれませんね。



青砥駅。地図では「青戸」の表記になっています。
次の駅の立石には「立石様」といわれる地名の由来になった石が祀られていて、
これが古代東海道の痕跡のひとつとして、「東京人」では紹介されてました。

 

そして京成本線の駅名は、その古道の地名にまんま重なるんですね。
これはすごい。

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日暮里で降りて京浜東北線で、上中里駅へ。
おお、80周年なのか。ここも節目なのですね。
豊島郡衙はこの近くにあります。



滝野川公園というところが、その豊島郡衙だそうです。
ここから、ちょっと北へ行った飛鳥山の博物館には郡衙を再現した展示もされているようです。

 

さきに平塚神社の方へ行ってみます。
階段を登ってみると、いきなり本堂。
しまった、また勝手口から入っちゃったか。

 

狛犬が、3匹目の子どもがいて、ちょっとめずらしい。
この神社には秩父平氏だった豊島氏の平塚城があったらしいです。
ご神体は、源義家・義綱・義光の三兄弟で、奥州平定の帰還で
豊島近義の居館にとどまり、鎧一式と11面観音像を下賜し、
豊島氏はそれを清浄な土地に埋めた。それが平塚のおこりなのだと。

 

その三兄弟の名前のある碑。
それにしても、この神社の鳥居は古いね。文化文政とか、普通に書いてありますし。

 

境内にあった石室神社。
豊島氏のあとに平塚城主になり、平塚明神を厚く祀った
蘓坂兵庫頭秀次(そすざか?)を祀っています。
この神社、普通に人間を祀るんだよなぁ。珍しい。

平塚城は文明10年(1478年)に太田道灌との戦いで落城したそうです。
他には、二つのお稲荷さんと、天神様が祀られていました。
天神様の方は、祭神が菅原道真と大国主になってたたんで、
もとは少名彦名なんじゃねーの?と思いました。

 

それにしても、境内のイチョウの並びがとても美しいです。
昭和8年に、上中里駅の誘致をした地元の人が植えた銀杏を、
駅改築で移植したものだそうです。
開業式典もこの平塚神社で行ったらしい。

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さいご。長かったですが、これで終わりです。
ここも、完全に公園として整備されているので、それらしい面影はありません。

   

しかし、滝野川公園の名にふさわしく、水の流れが豊かです。
地元の方のとてもよい、憩いの場になっているようで。



ふたたびの古地図。
ちょうど、この緑の崖線の下を、京浜東北線が添うように走っています。

今週のTBSラジオ「日曜天国」のゲストの方が、古地図マニアでちょうど、
ここの荒川による崖線の話をしていったのですが、ここは京浜東北線に乗っていると
まるで要塞のような見事な崖が見れることで有名な場所でもあります。
武蔵野台地との高低差が6~7mはあり、川の水は滝のように流れていたため
このような名前になったのだろうと「東京人」に書いてあります。

 

それから、ここには農商務省による農業研究所があったようですね。

 

公園側から上中里駅へ向かう、崖下の道。飛鳥の道という名前がついています。
飛鳥時代の道、という訳ではなく、左へいけば王子・飛鳥山があるからです。
飛鳥山は、さきほどの豊島氏が飛鳥明神を祀ったため、その名前がついたようです。

本当は、この近くに旧古河財閥の庭園があるのですが、ちょっとタイムオーバーです。
駒場の六義園にもいってみたいし、それはまた今度にします。

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