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テツ的あれこれ妄想牧場。(※路線≒会社の擬人化前提注意です) 最近は管理人の備忘録と化してます。
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仕事おわったぁぁぁああああああ!あああああああ~

今日帰るって、メールしたんでそろそろ準備せねばな・・・正直動きたくないけど。天気が急速に悪くなりましたね。

日本の古本屋さんで金光さんから郷さんに充てた書簡が3万円で売られている、気になる・・・いや、買わないですけどね!?(ちょっとほしい)

「金光庸夫書簡 郷誠之助宛」
金光庸夫、金光庸夫、昭和16年 5月26日
封筒つき 19×108 墨つき名前まで全24行 金光庸夫・1877-1955 大分県生まれ 昭和期の実業家、政治家 大正生命保険の創業社長 当書簡は第二次近衛内閣・厚相時のもの フアイル№1 76-7 金光庸夫が財団法人結核予防会長・厚生大臣と書き・郷への宛には資金達成委員 男爵とある
奎書店 30,000円

神戸大学の電子図書館システムで、たまたま帝人事件の発端となった郷さんの番町会を批判した記事がヒットして、「そういえば郷誠之助の名前は東横の前身の会社でもみたことあるな」と、この際、ちゃんとおさえておくかと思って、借りた伝記がまだ読み切らないので、帰省のお供に持って行こうか考え中。でもすごい荷物になる予感。(^^;

けっこう面白いんですけど、残念ながら武蔵電鉄や五島さんに関する記述はまだ、でてきてない上に、肝心の帝人事件もさらっと、流された orz
帝人事件で面白いのは、京王京成王子の合併を強く押した三土鉄相がこれで捕まってるんですよね。これで、話が流れたのかな?とも思ったんですけど、どうも昭和7年の段階で、この合併話は詰んでいたもよう。
昭和初期の恐慌の底が昭和6年でそれ以降は回復していったことも、合併を会社側が退けた要因だったのかな?でも、若干、戦時統制の匂いもする。(まだ早いか)
そして、この三土鉄相は、なんとあの宮脇俊三さんの伯父さんでもあるという!!なんと、世間の狭いことか!!!
解説には、時代的なものの限界で、どうしても平沼騏一郎の批判になるので記述をさけたのだろう、とあって、ああ、そういう弊害が・・・。
でも、武蔵電鉄のことも載っていないのは、それも黒歴史だから?
「それは賢明な策である。結構だ、しかし、君はこの郷誠之肋を見離したということだな」といわしめた、五島さんの独走が苦かったのかな。
>Ⅰ中川浩一の東急電鉄史
それとも、他の事業整理に比べて規模が小さい?から、些末なこととされたのかな。

お葬式の委員の中には、五島さんの名前もあるんですがねぇ・・・。
というか、日比谷平左衛門さんとか森村市左衛門さんの名前もあるぞ。
森村さんは、たぶん市左衛門の名前を継いだ開作さんじゃないかな。
日比谷さんはわからない。
(ていうか、日本の爵位って世襲できるんだな。本場は個人に与えられるものじゃなかったでしたっけ?)

まあ、一番の出オチが、伝記の編纂責任者が後藤國彦さんだったという。
郷さんの側近だったのか!!!今まで気づかなかった!

そういえば、郷さんの血縁は川崎系が多かったのです。最期を看取ったのも川崎八右衛門夫妻だという(でも、この川崎さんもはたして何代目なのか;)
あんまり、どこの財閥派ってかんじの人ではなく、ニュートラルなイメージ(渋沢さんみたいな)があったんで、失念していました。

でも、一番の収穫は、和田豊治さんとのニアミスがすごいこと。
事業整理をやる関係で、お互いに顔を見る機会が多かったようで。
当時の和田さんの評価って、すごい高いんですね。なんで社会で習わなかったんだろ??憶えていないだけ?
でも、まあ、ここに和田さん個人のエピソードがはいってるわけではないので、これは別個に伝記を読まねばなるまい。

「財界世話業」という言葉が出来る前に、和田さんは働き過ぎで亡くなってしまうので、基本的には「渋沢栄一」「井上準之助」「郷誠之助」の三氏が当時ではこれに価するよう。でもその働きをみれば、和田さんも充分その資格があった、という。やだもう、なにその不遇のイケメン!

今の時代に、こういう整理をしてくれる人がいればいいのにね~と思ったりして。

19日にこっちもどって、20日には神保町で一緒に美味しいカレーを食べる約束なので、楽しみです。帰りに図書館寄ってこよう。でも、出掛けっぱなしで、4連休って感じがしないのが難点です。もっとやすみたいよー!(贅沢者)

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と、会社の人から手作りの生チョコをふるまわれて気づく。

生チョコって、生クリームとチョコレートでつくるのか・・・それすら知らなかった。
てか、最近の男子、女子力たけえ!!

追加の仕事が15日でおわるので16日に代休とって、小田原へ向かいがてら、
小田急のラストランを見てこようとおもってたんですが、別班の作業が今週いっぱいで、手伝わねばならんと今日判明し、ぐぬぬぬ~と唸っております。

17日に伊豆急の基地で朝からイベントがあるので、それも見に行けるかな~とおもってたんですけど、17日から休むとなると、それも行けない。
わ、私のゴールデンプランが・・・。っていっても、今日考えたんですけどね。

まあ、いいです。なるようになるでしょう。それより、17日(土)雨だそうだぞ。伊豆急、だいじょうぶか。

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http://www.izukyu.co.jp/kanko/50th/index.html
きっぷ博物館とか誰得(笑)いいな~伊豆急カッコイイなー。
テープカットの写真、真ん中の黒いのが昇さんかな。
処女電車の真ん中の窓に貼られてるのは五島会長の遺影ですね。すげえ、運転に邪魔そう (^ ^;

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気づけば、拍手がけっこういただいててΣ(゚▽゚ノノ
ありがとうございます!けど、続きとか描けて無くてすみません。

とりあえず、オフの玉南の原稿優先でやってますが、
こっちも進捗状況ははかばかしくありません…。ナゼダ…

写真は、漫画では初めてかいた横浜線。なかなかいい性格になりそうです、楽しい。



今現在の原稿のお供。八社会がやる気です(何を)
これ以外に、フルーツグラノーラも写真つきでした。
さがせば、まだまだありそう。

う~ん、あとほかに何か面白いネタは・・・。
あ、9日病院行ってきたんですけど、永山駅の、京王の改札前の「coming soon」になってたリトナードの店舗がオープンしていました。モスコーヒーでした。
「昨日開店したんですよ、よろしくおねがいしますー」って、コーヒーのクーポン券をもらいました。
でも、病院で3カ月分の薬の処方箋をもらって、「次回は電話で予約してくださいね」って放り出されたんで、しばらく行く用事はないっす・・・。う~ん。まあ、5月末まで使えるらしいから、次回いこうかな。

帰りに、ヴィドの永山クリームパンを買って行きました。
パン生地が空気多めでさくさくしてて、クリームとの相性ばっちしでした。
こっちもおいしいv

そのくらい。

あと、ちょこちょこ、サイト内、いじってます。

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今日は年度末の恒例・打ち上げパーティーで久しぶりに新宿のハイアットリージェンシーいってきました。ホテルのめし、うま!

去年は震災の自粛で流れちゃったんで、2年ぶりです・・・。
せっかく夜景を撮ろうと思ったのに、カメラ忘れたわあああああ~orz
明日、知り合いからデータもらおう。
テンションあがりすぎて本社の会長とハイタッチでお別れとか、意味がわからんアットホーム。

私が入社した年は、京王プラザホテルの地下二階かなんかのホールで打ち上げやった記憶があるんですけど、年々ささやかになっていくな・・・。
(ってことは、ハイアットより、京王プラザのほうがお高いのかな・・・?)

ホテルのお隣が「小田急第一生命ビル」とかなんですけど、いつのまに小田急ってついたんだろう、最初からだっけか?気づかなかったな。気づいたら絶対つっこんでると思うんだけど。
てか、これつなげて読んだら、なんかすげー面白いんですけど(笑)
小田急フリークみたい。

小田急の高速バス停に送迎バスが乗り入れるのも、小田急系だからなのかな、と今さら気づきました。

帰りに新宿ジュンク堂の閉店セールに行きたかったんですけど、結局閉会まで抜け出せず。
う~ん、今月中に新宿行く予定あるだろうかなー。神保町にもいきたいし、江戸東京たてもの園にも行ってみたい。
でも、実家にも帰らなきゃだし、4月の予定でたんですけど、第4週末がまた修羅場なので、どうせ3日間は泊まりになるだろうし、原稿期間実質1ヶ月ではやくもやばいな・・・。

もうちょっと、集中できたらいいのに。

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以前、下書きで描いた、京王に中央が蹴っ飛ばされるシーンの、周辺の背景参考が欲しかったので、八王子資料館の帰りに寄ってきました。
ルートがわかりにくいと思うので、地図を添えますね。

 

ここは横浜線と山田川の高架橋(緑の矢印)。手前のは元子安橋というらしい。
山田川ってのは、いつからある物なんだろう?こんど、地図を確認してみよう。

  

元子安橋から山田川沿いを奥へと進むと、今度は京王線との交差部部分が目の前に見られる和田橋。この橋自体はわりと新しいみたいです。(紫の矢印)
その奥の方から、中央線がむかってきて、左側で京王線と交差しています。



こちらが、本命、中央線と京王線のクロス部分。(赤ピンクの矢印)
意外と何でもないコンクリート造りで、わりと新しいようにも見えます。不安・・・。

  

で、そのまま、中央線に沿って歩いて行くと、なんと、煉瓦造りの古そうなトンネルを見つけました!
っていうか、あやしい・・・。不法投棄すんな!の黄色い看板が目立ちます。
(オレンジの矢印)

  

ブラタモリでみた「なんか途中でめんどくさくなっちゃった石垣の積み方」を思い出します・・・。
途中まで布積み、でだんだんなし崩しに日本流的な(笑)

中の雰囲気は、王子駅でみたのと似ているけど、ボロい。橋桁だけペンキ塗り立てでキレイ(笑)
あと、謎の穴がボコボコ空いてるんですが、これってもしや弾痕・・・??

  

その奥の橋脚はコンクリート製でした。(左上)

あれ、甲武鉄道って単線で開業したんですっけ・・・??
意外と、そういうのって書いてないですね。
でもウィキに「1939年(昭和14年)3月31日:豊田駅 - 浅川駅間を複線化」ってあるから、それまでは単線だったんですね・・・。電化よりあとなのか?!
え~、それで京王線に立ち向かえてたんでしょうか。逆に疑問が。
まあ、玉南の区間は、京王もかなりあとまで単線の区間のこってますが(多摩川橋梁とか)

さらに奥には3本目の橋脚。真ん中のより高いです。
最初、こっちが八高線の橋脚だとおもってたんですけど、
地図見るとなにかの側線ぽいですね・・・。真ん中のが八高線のようです。

八高線は、玉南よりあとに出来たんですっけ・・・?(昭和6年)
こちらも昭和はいってからなので、コンクリート製なのですね。
ちなみに、出口側の石垣は、かなり最初から谷積み。

いや~、それにしても、あの煉瓦造りはやっぱり甲武鉄道時代のものでしょうか。明治、明治。
日野駅近くの用水路や、多摩川橋梁の橋脚が日野煉瓦製造所製ので有名ですが、これもそうなのかな~だとしたら、たぎるな~。
今回の「八王子と鉄道」で展示されてた、甲武鉄道時代の暗渠につかわれてた煉瓦も、日野製じゃないかといわれていますが、それとも場所が近い。
日野煉瓦製造所の操業は明治21~23年らしいので、まさに甲武鉄道のためにやってたようなもんですね。

 

トンネルを抜けて、ふたたび京王の踏切にもどると、なんと西東京バスの営業所と社屋がありました。
え、こんな京王線のそばに・・・!?
八王子駅まえでみた、バスのマークが「NT」と縦書きになってて、しばらく考えちゃいました。
気づけば納得。

  

さて、これが先ほどの和田橋とは反対側から見た、玉南の交差部分。(ピンクの矢印)
うんあ?なんか、コンクリートではない石積みが見えます。
赤煉瓦ではないけど、布積みのような・・・。
さっきみた反対側は完全にコンクリートなんですけど、片側半分はちがうみたいですね。
こっちが、玉南建設当時のままのだったら、燃えるわ・・・。
手前側の八高線のは、完全にコンクリートですね。

そのあとは、K-8にむかってぶらぶら歩きました。
わきに掛かるラブ・ ハチ王子の列。自分的には一番京王っぽいかんじがあると思ってるキャラです。
京王は、全体を代表するマスコットはいないけど、ゆるキャラは地味に多いです。ポイント君とか、チカちゃんとか、街はぴとか。

っていうか、これ多!!↓
http://www.happy-town.net/special0802/ 街はぴ

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