たまろぐ
テツ的あれこれ妄想牧場。(※路線≒会社の擬人化前提注意です)
最近は管理人の備忘録と化してます。
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本屋さんでみかけて、衝動買いした老川慶喜さんの「埼玉鉄道物語」をつまみ読みしています。
日本鉄道を始め、東武鉄道、東上鉄道、秩父鉄道、西武鉄道、武蔵野鉄道など、
知っておきたいけど、なかなかにブラックゾーンな会社がそろい踏みなのでとてつもないお得感!
なにより、あんま、詳しい本を見かけない東上線の成り立ちがある程度わかるのが嬉しいですね。
このなかに日本煉瓦製造会社という国策?で設立されたにも関わらず、結局民間に丸投げな感じで苦労したレンガ会社のこともかかれていたので、「これはもしや日本鉄道の橋脚と何か関わりが・・・?」と期待したのですけど、日本鉄道が開通してからの設立のようで、なーんだざんねーん。と
で、肝心の西武鉄道の方はというと、まさか武蔵野鉄道とここまで仲が悪いとは(笑)
旧西武が村山線を開通させた事でライバル関係が増したともみれるんですが、問題なのは所沢駅での従業員間トラブル。
所沢駅は共同使用駅で西武が武蔵野の業務を管理していたけど、所沢から東京に行く切符を西武の高田馬場行きの方を売って、値段がほぼ同額なので乗客は武蔵野電車に乗るものだから、武蔵野タダ働き。抗議しても売り方をいっこうに改めなかったため、ついには所沢から少し離れた所に、それぞれ駅を開業する始末。
西武の駅員が急行電車を止めて武蔵野の車掌を殴ったり、武蔵野鉄道が幹部を連れて所沢駅に乗り込み、西武の駅員をホームから追っ払ったり。
なんというか、東横・南武の仲の悪さを越えたかも・・・
あれは、共同の駅を置くのを嫌がったから、事態は逆行してるけど。
で、肝心の堤さんが旧西武を買収しようと乗り出すのはいつなのよ、ってところは書いて無くて、「つづきは由井常彦編の『堤康次郎』で!」ってなってたので、あうあうあ~(泣)
よって今日、借りてきました。『堤康次郎』
これによると、昭和15年5月末時点での旧西武の株主構成は、
東武系の東武証券が21%で、京王電軌の穴水系大日本電力が10.7%の大株主であり「旧西武鉄道では東武鉄道と京王電軌が勢力をふるっていた」って、おいおいおい~~!?
大日本電力=京王電軌というのはどうなのだろう、とも思うけど、面白い話ですね。
(だから、京王、西武とも割と仲いいのか・・・?)
「昭和17年7月に穴水が5万6千株を時価より10円高く、東武鉄道に譲渡し、この時点で西武は完全に東武の支配下に。(交通統制のこともあり)これに堤さんが異議を唱え、東武と協議の結果、穴水株と、東武証券の2万株余りを譲受され、総数の45%をおさえ経営を支配するようになった。」
「昭和18年1月には小島正次郎を常務取締役、中島陟と永井外吉を取締役に送り、6月には自らが社長に就任した」という・・・。
また、ゼッツ☆ミョー!な時期ですねー orz
えーと、西武鉄道と日立航空機が協定結ぶのが昭和17年10月でしょう?
東武か!?堤さんか!??
日立航空機専用線の試運転が昭和19年4月21日で委託報告を5月1日付けで運輸通信大臣の五島さん宛に送ってるから、まあ、建設は堤傘下でいいことはいいらしい。
ふーむ、なかなかスパーッとはわからないものですね。
それにしても、穴水さんは昭和初期の電鉄界をひっかきまわしすぎである。
さてさて、「埼玉鉄道物語」といっしょに「全国鐵道旅行絵図」も買ったんですが、こちらも良いですよ!やっぱカラーがいいですね、あざやかで!
各社の沿線案内を解説付きでのせてくれてまして、結構今さらきづかされる点が多々。
*関東の宝塚=京王閣とか
*和泉多摩川とペアだったのでよほど未練があったのか一時、登戸多摩川→登戸駅とか
*大東急となり小田急と名乗れなくなったため改名した小田急本社前→南新宿とか
擬人化を初めてするさい、京王を「なんとなく塚キャラ」イメージで始めたのですが、あながち遠くもなかったのか(笑)
小田急は、駅名についていろいろ未練ありそうですね。いまさら直せないのかも知れませんが。
本心は、厚木駅→河原口にして本厚木→厚木にしたいけど、神中と相模ににらまれるから我慢してるとか、妄想。
あと珍しいのが「神中鐵道沿線案内」小学生のように他愛のないかわいさなんですけど(笑)
星川駅の南北に富士紡績の工場とヱビスビールの工場があり「神中鉄道が開通する以前の明治期からこの帷子川沿いで操業していた」とあり。おっと。
相鉄の社史の始めに「大正10年11月27日、第4回定時株主総会において、神奈川県出身の当時京王電気軌道の専務取締役であった井上篤太郎を取締役に選任し、経営の顧問、相談役として迎えた。」「神中の事業報告書には井上の氏名は記載されていないが、表面に名を出すことをはばかり、陰の人として助力したという。」とあったのも、単に地元出身のよしみだけでなく、富士紡の工場への足として神中鉄道に期待していたのかなーとちょっと思いました。
おもしろいおもしろい。
日本鉄道を始め、東武鉄道、東上鉄道、秩父鉄道、西武鉄道、武蔵野鉄道など、
知っておきたいけど、なかなかにブラックゾーンな会社がそろい踏みなのでとてつもないお得感!
なにより、あんま、詳しい本を見かけない東上線の成り立ちがある程度わかるのが嬉しいですね。
このなかに日本煉瓦製造会社という国策?で設立されたにも関わらず、結局民間に丸投げな感じで苦労したレンガ会社のこともかかれていたので、「これはもしや日本鉄道の橋脚と何か関わりが・・・?」と期待したのですけど、日本鉄道が開通してからの設立のようで、なーんだざんねーん。と
で、肝心の西武鉄道の方はというと、まさか武蔵野鉄道とここまで仲が悪いとは(笑)
旧西武が村山線を開通させた事でライバル関係が増したともみれるんですが、問題なのは所沢駅での従業員間トラブル。
所沢駅は共同使用駅で西武が武蔵野の業務を管理していたけど、所沢から東京に行く切符を西武の高田馬場行きの方を売って、値段がほぼ同額なので乗客は武蔵野電車に乗るものだから、武蔵野タダ働き。抗議しても売り方をいっこうに改めなかったため、ついには所沢から少し離れた所に、それぞれ駅を開業する始末。
西武の駅員が急行電車を止めて武蔵野の車掌を殴ったり、武蔵野鉄道が幹部を連れて所沢駅に乗り込み、西武の駅員をホームから追っ払ったり。
なんというか、東横・南武の仲の悪さを越えたかも・・・
あれは、共同の駅を置くのを嫌がったから、事態は逆行してるけど。
で、肝心の堤さんが旧西武を買収しようと乗り出すのはいつなのよ、ってところは書いて無くて、「つづきは由井常彦編の『堤康次郎』で!」ってなってたので、あうあうあ~(泣)
よって今日、借りてきました。『堤康次郎』
これによると、昭和15年5月末時点での旧西武の株主構成は、
東武系の東武証券が21%で、京王電軌の穴水系大日本電力が10.7%の大株主であり「旧西武鉄道では東武鉄道と京王電軌が勢力をふるっていた」って、おいおいおい~~!?
大日本電力=京王電軌というのはどうなのだろう、とも思うけど、面白い話ですね。
(だから、京王、西武とも割と仲いいのか・・・?)
「昭和17年7月に穴水が5万6千株を時価より10円高く、東武鉄道に譲渡し、この時点で西武は完全に東武の支配下に。(交通統制のこともあり)これに堤さんが異議を唱え、東武と協議の結果、穴水株と、東武証券の2万株余りを譲受され、総数の45%をおさえ経営を支配するようになった。」
「昭和18年1月には小島正次郎を常務取締役、中島陟と永井外吉を取締役に送り、6月には自らが社長に就任した」という・・・。
また、ゼッツ☆ミョー!な時期ですねー orz
えーと、西武鉄道と日立航空機が協定結ぶのが昭和17年10月でしょう?
東武か!?堤さんか!??
日立航空機専用線の試運転が昭和19年4月21日で委託報告を5月1日付けで運輸通信大臣の五島さん宛に送ってるから、まあ、建設は堤傘下でいいことはいいらしい。
ふーむ、なかなかスパーッとはわからないものですね。
それにしても、穴水さんは昭和初期の電鉄界をひっかきまわしすぎである。
さてさて、「埼玉鉄道物語」といっしょに「全国鐵道旅行絵図」も買ったんですが、こちらも良いですよ!やっぱカラーがいいですね、あざやかで!
各社の沿線案内を解説付きでのせてくれてまして、結構今さらきづかされる点が多々。
*関東の宝塚=京王閣とか
*和泉多摩川とペアだったのでよほど未練があったのか一時、登戸多摩川→登戸駅とか
*大東急となり小田急と名乗れなくなったため改名した小田急本社前→南新宿とか
擬人化を初めてするさい、京王を「なんとなく塚キャラ」イメージで始めたのですが、あながち遠くもなかったのか(笑)
小田急は、駅名についていろいろ未練ありそうですね。いまさら直せないのかも知れませんが。
本心は、厚木駅→河原口にして本厚木→厚木にしたいけど、神中と相模ににらまれるから我慢してるとか、妄想。
あと珍しいのが「神中鐵道沿線案内」小学生のように他愛のないかわいさなんですけど(笑)
星川駅の南北に富士紡績の工場とヱビスビールの工場があり「神中鉄道が開通する以前の明治期からこの帷子川沿いで操業していた」とあり。おっと。
相鉄の社史の始めに「大正10年11月27日、第4回定時株主総会において、神奈川県出身の当時京王電気軌道の専務取締役であった井上篤太郎を取締役に選任し、経営の顧問、相談役として迎えた。」「神中の事業報告書には井上の氏名は記載されていないが、表面に名を出すことをはばかり、陰の人として助力したという。」とあったのも、単に地元出身のよしみだけでなく、富士紡の工場への足として神中鉄道に期待していたのかなーとちょっと思いました。
おもしろいおもしろい。
ちょうど、都心に用事があったので、ついでに見てきました~もう20歳って??まじで?
ヘッドマークが・・・曲線にそって折れ曲がって、柄がよくわからない orz
大江戸線・・・それでいいの?
色がちがう・・・。試作車だったのかな?
開業日&イベントは明日です。しかし、何故ツバクロー?駅鳥はいいとして(笑)
大江戸線なら、コバトンでもありかな~と思ったけど、いや無理か。
放射部でHM車を張ってたので、光が丘まで行ったんですけど、練馬とかまで来たら、西武の池袋線だとか有楽町線だとかがいて、雰囲気ほぼ埼玉な気がしたので。
あとは、ユリートとか。・・・人気度が違うか。
新線新宿側の改札。懐かしい、この工作物。新宿線カラーもちゃんとあるvよかったね。
学生時代はよく、ここで京王のと、新宿線三田線の都営の定期を買いに来たな~。
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早稲田の停留場。
池袋のサンシャインシティの文化館で今日から4日間ミネラルショーがあったんで。
その帰りに向原から荒川線に乗って早稲田までいきました。やった!荒川線制覇!
池袋駅まで戻るより近いかも知れない、荒川線。慣れると便利ですね。
それにしても・・・大塚線面白すぎる。
大塚駅前から向原は上り坂なんですよね。でもそこからはまた急な下り坂でほとんど遊園地のアトラクションみたい。
学習院下あたりの石垣は、新しめのコンクリートから、古そうな谷積になって、シダと蔦が生え放題で雰囲気あります。その先はまた積み方が変わって布積?これも古そう・・・
建設当時のままだったらロマンだなぁ。
面影橋では直角に曲がるんですね(笑)そのうえ、角の部分で信号待ち。
蒸気や高速鉄道でこの勾配や曲線は無理だなぁ。路面電車だから出来る芸当というか。
終点の早稲田はまさかの道路の分離帯の中央(笑)
ほんと路面電車だなぁ。
早稲田のわまりは、食堂の匂いに満ちててほんと、お腹がすきましたb
学生街だなぁ。
東西線に乗り換え、飯田橋で大江戸線、春日で三田線に乗り換えて神保町まで。
東西線までも遠かったけど、飯田橋の乗換も負けじと遠いですね^^;
秦川堂さんで欲しかった本をゲットしました!わーい。寄って良かった!
それにしても、神保町の兄弟は、あいかわらず半蔵門への扱いがヒドイ(爆笑)
いつもと逆の改札からいったら、こんな表示が。
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新宿イルミネーショーン!
サザンテラスとモザイク通りと西口ロータリーの小田急百貨店(右端は京王の)
今年のカラーは金と銀なのか―。一昨年と去年は、真っ青クリスマスでしたよね。
で、4社協力して頑張ってるという京王のは、結局どの辺りだったんですか???←A.プラザホテル
と思ったけど、wikiだと12月1日になってるな。・・・・・・あれぇ?
どうも、社史によって12月1日だったり12月4日だったりしている模様。
京王・・・っ、そこからしてすでに模糊っとしてんのか!?勘弁してくれ。
本によっては、開業日すら3月24日だったり20日だったりで混乱します。
3月20日はたしか御陵線の開業日なので、たぶん前者で正解なんだろうけど。
あと、会社創立日も大正11年だったり13年だったり・・・。
一応、大正11年が「玉南鉄道」の創立日で、大正13年が「玉南電気鉄道」への会社名改名日らしいややこしい。
京王に関しては、謎が解けるどころか広がるばかりです・・・・ぐ。
あとは、都営浅草線が、今日一部開業ですよね!
京急京成からめての、おめっと絵を描いたら、どうも密着具合が不穏当な感じに及んだので、
ワンクリック別ページにするとします。
初期の頃は1号線を取り合って、間で憔悴する1号という設定が・・・。
京急だけは性格がいまだにつかめず、ぶれまくっております。
湘南の性格で辻褄の合わなさそうな部分を補っているのですが、それでもよくわからない。
お堅いのか柔軟なのか。

